おはヨッシー٩( 'ω' )
و
2月1日は、母の命日でした。
と考えてしまいます。
苦労も多く、選択肢も限られていて、不器用な生き方だったと思います。
「幸せだった」とは言えないです。
別の考え方が浮かぶようになりました。
きっとほとんどいません。
でも、
• 誰かを可愛いと思えた時間
• 誰かの成長を喜べた瞬間
• 自分の存在が役に立っていると感じたとき
それも一つの人生なのかもしれませぬ。
母は、孫(ムスコ殿たち)のことをとても可愛がっていました。
一緒に過ごした時間は長くなくても、会えたときは、表情がやわらぎ、とても嬉しそうでした。
孫たちと会うことができました。
成人しても、わちゃわちゃしているムスコ殿たちを見て目を細め、笑っていたのが印象的です。
確かな「幸せのひとつ」だったのだと思います。
その答えは、はっきり出ることはないけど。
「それでも、幸せな瞬間はあった」
そんな人生だったと思います。
思いがけず自分の人生を考える日にもなりました。
判断するよりも。
そして自分の人生も考えた日になりました。
全部満たされていなくてもいい。
母から私が受け取ったものなのかもしれませぬ。
大切にしながら、生きていけたら…と思います。
ではでは。
今日もゴキゲンな1日を♫
よしえでした。
おはヨッシー٩( 'ω' )
و
2月1日は、母の命日でした。
母が亡くなって2年になりますが、 今でも 【母は、幸せだったのだろうか】と考えてしまいます。
母の人生は、決して平坦ではありませんでした。 中卒で松下電器に就職。 親の入院費を稼ぐために18でホステスになり、黒服だった父とデキ婚。苦労も多く、選択肢も限られていて、不器用な生き方だったと思います。
だから決して「幸せだった」とは言えないです。
でも最近、別の考え方が浮かぶようになりました。
人生を振り返ったとき、 ずっと幸せだった人なんて、きっとほとんどいません。
でも、
• 誰かを可愛いと思えた時間
• 誰かの成長を喜べた瞬間
• 自分の存在が役に立っていると感じたとき
そんな「点」のような幸せが 人生の中にいくつかあれば、それも一つの人生なのかもしれませぬ。
母は、孫(ムスコ殿たち)のことをとても可愛がっていました。
一緒に過ごした時間は長くなくても、会えたときは、表情がやわらぎ、とても嬉しそうでした。
亡くなる4ヶ月前にも、孫たちと会うことができました。
成人しても、わちゃわちゃしているムスコ殿たちを見て目を細め、笑っていたのが印象的です。
今思うと、 あの時間は、母にとって確かな「幸せのひとつ」だったのだと思います。
母が幸せだったかどうか。その答えは、はっきり出ることはないけど。
「大変な人生だった」「それでも、幸せな瞬間はあった」
そんな人生だったと思います。
命日は、 母のことを思いながら、 静かに過ごす予定でしたが、思いがけず自分の人生を考える日にもなりました。
母か幸せだったかどうかを判断するよりも。
母の人生を、ちゃんと考えた日そして自分の人生も考えた日になりました。
完璧じゃなくていい。全部満たされていなくてもいい。
それが、母から私が受け取ったものなのかもしれませぬ。
衝動的に【強制リセット】したくなることもあるけど、 小さな「よかった」と思える瞬間を大切にしながら、生きていけたら…と思います。
ではでは。
今日もゴキゲンな1日を♫
よしえでした。
また明日♫