本指名のお客様を見ていると、
迷いのない順番で触れてくることに気づきます。
どこから始めて、
どのくらい間を置いて、
どこで少し力を抜くのか。
毎回まったく同じというより、
その人の中で、身体が自然に覚えている流れがある。
そんな感じです。
興味深いのは、
それが人によってまったく違うこと。
触れ方も、近づき方も、
同じことをしているはずなのに、
強弱や間の取り方が違う。
きっと本人は意識していない。
でも、無意識に選んでいる動きや間には、
その人らしさが一番はっきり出る気がします。
こんな書き方をすると少し変に聞こえるかもしれませんが、
プレイ中に何かを分析しているわけではありません。
その時はただ、
気持ちよくて、
流れに身を任せていて、
触れられるままに、ちゃんと感じています。
分析や観察は、あとから。
寝る前の時間など、
ふとした瞬間に思い返します。
あの人は、
どこから触れて、
どのくらいの強さで、
どこで少し間を置いていたか。
その場では考えていなかったはずなのに、
あとから順番や強弱が、
静かに浮かび上がってくるんです。
同じ流れでも、
その日の空気や距離感で、
受け取る感覚は変わる。
今日は身の委ね方が深かったな、とか。
考えてみると、
私は同じ時間を、二回味わっているのかもしれません。
同じ体験を、
感覚として一度、
記憶としてもう一度。
つまり私は、
感じている私と、
それをあとから眺める私を、
別々に持っている。
同時には存在しないけれど、
どちらも確かに、私。
その分離があるからこそ、
その場では深く没入できて、
あとから思い出して、もう一度その余韻に浸れるのかもしれません。

