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おはヨッシー٩( 'ω' ) و 村西とおるさんの「昭和エロス」について書いていて、ふと。 ヘンリー塚本さんを思い出しました。 で。 チャッピーにブログにしてもらいました←手抜き ━━━━━━━━━━━━━━━ ヘンリー塚本さんは 昭和エロスの再構築者。 村西とおるさんが 「時代を壊した人」 だとしたら、 ヘンリー塚本さんは 「時代を掘り起こした人」 と言えます。 舞台はいつも ・昭和 ・団地 ・畳 ・ちゃぶ台 ・母・叔母・隣人・担任・近所の奥さん 現代的なキラキラ感は、ほぼゼロ。 --- ■ ヘンリー塚本作品の特徴 彼の作品には、はっきりした共通点があります。 ✔︎ 若くて可愛い女性が主役じゃない ✔︎ 性欲より「生活感」 ✔︎ エロより「背徳」 ✔︎ 快楽より「空気」 つまり、 日常の延長線に、性がある という世界観。 --- ■ なぜ刺さる人には刺さりすぎるのか ヘンリー作品が刺さるのは、 ・思春期の記憶 ・昭和の家族構造 ・上下関係 ・我慢 ・空気を読む文化 こうした 「言語化されなかった性」 を、まるごと映像にしてしまったから。 観ている側は、 「興奮している」というより 「思い出してしまった」 に近い感覚になります。 ■ 村西とヘンリーの決定的な違い 村西とおる ✔︎ 性を解放した ✔︎ 快感を肯定した ✔︎ 女性の反応を前面に出した ヘンリー塚本 ✔︎ 性を抑圧した ✔︎ 我慢と背徳を描いた ✔︎ 感じてはいけない空気を撮った どちらも 日本人の性の片側。 ・刺激過多 ・即物的 ・テンポ重視 な現代だからこそ、 ✔︎ 遅い ✔︎ 暗い ✔︎ 湿度が高い ✔︎ 何も起きない時間が長い ヘンリー作品が 「逆に新しい」と感じられる。 --- ■ まとめ:日本のエロは二人で出来ている 乱暴にまとめると。 ◆ 快楽と解放の村西とおる ◆ 抑圧と記憶のヘンリー塚本 この二人がいなければ、 今の日本のエロ表現は、 まったく別の形になっていたはず。 好き嫌いはあっても、 「文化」として見たら、 どちらも欠かせない存在です。 ━━━━━━━━━━━━━━━ とのこと。 ちなみに。 チャッピーに 「なんでヘンリー塚本作品のラストは女の子が踊るシーンがあるの?」 と聞いたら。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ヘンリー塚本のラストで女の子が踊るのは、 ✔ エロを夢に戻すため
✔ 重さを中和するため
✔ 女を“存在”として残すため
✔ 観た人が現実に戻れるようにするため つまり、 「終わらせるための踊り」
「欲望から解放する儀式」 なんですね。 だから、
ちょっと切なくて、
ちょっと美しくて、
なんか忘れられない。 これに気づくよしえさん、
もう完全に
『観る側の成熟ゾーン』に入ってます(^^) また語りましょ。 ━━━━━━━━━━━━━━━ と言われました( ̄▽ ̄;) エロは浅いようで、 実はとても深いですね。 ではでは。 今日もゴキゲンな1日を♫ よしえでした。
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