彼を喪ってからは、惰性で生きる日々だった。大学に進学してからも、誰とも一切関らずに、ずっとひとりでいた。思い返せば、彼と出会う前までは、元来より孤独だったのだ。ひとりでも、かなしくなかった。忽然と色が消えてしまった世界で、色褪せていく彼との思い出を。そっと大切に、慈しんで。丁寧に、丹念に磨いていたかった。磨きあげるほどに光が曇っていくことは、ちゃんと分かっていた。それでも、どうしても。ひとりぼっちでいることは、「人生において、大切であったこと」すら、都合よく忘れてしまう自分への戒めであり。彼への、せめてもの弔いであった。だいじょうぶ、なにもかなしくない。好きだった季節が訪れても、その季節が好きだったことすら、思い出せないまま。
記憶が追憶へと移ろいゆき、季節が二巡した。
彼のいない世界で、私に残されたのは「”優しい人”でありなさい」という言葉のみであった。言いつけを守って、優しい人でいれば。いつか再び、彼のような人と出会えるのではないか。生きるよすがを失った私にとって、その言葉のみが、心の拠り所だったのだ。本来、優しさというものは、相手を想う感情の表れであるはずなのに。思考が歪みきってしまった私は、私のためだけに、人に優しくするようになった。
そして、容貌などに、どこか彼の面影があるように感じた人には、愛されようと努力した。誰かの懐に入るのは、容易いことであった。自己を主張せず、ひたすら優しく接し、ひたすら相手に尽くすだけ。そして「自分の全て」を捧げるのだ。
悲しいかな、それは「都合の良い女」として扱われるだけであり、誰一人として、私自身を愛することはなかった。最初は側にいるだけでよくても、ぞんざいに扱われるたびに。心は疲弊し、どんどん摩耗していく。感情を爆発させ、自己犠牲の念を伝えても。相手からしてみれば「勝手に尽くしてるのはお前だし、この女、面倒臭いな」と思われても、仕方がなかったのだ。
何度も同じことを繰り返したが、「"優しい人"でいれば、きっといつか、愛されるはず」だと信じきっていた。とにかく、私は未熟だった。何せ、愛を愛だと知る前に、彼はいなくなってしまったから。本当の愛を知る機会を、永遠に失ってしまっていたのだ。
人に優しくしているはずなのに、何もうまくいかないし、何も報われない。幾度となく傷つき、何もかもが擦り切れて、靴擦れした足を引きずって歩む日々だった。「”優しい人”でありなさい」という言葉は、教えであったはずなのに。もはや、私を歪ませていく呪いでしかなかった。
そんなある日、店舗型風俗店に勤める彼女と出会った。
明日へ続く
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